こに思考|他方面から学ぶ

科学の知と臨床の知

2018年1月13日

かつて手塚治虫を慕って多くの漫画家が集い、若き青春の日々を過ごした伝説のアパート“トキワ荘”は小西歯科医院からそれほど遠くない所にあります。
その手塚治虫の代表作が“鉄腕アトム”です。

空を超えて~ ラララ星のかなた ♪♪
行くぞアトム ジェットの限り~
心やさし ラララ科学の子 ~
十万馬力だ 鉄腕アトム~ ♪

科学の子

”鉄腕アトム”は、1952年から1962年まで「少年」(光文社)に連載され、1963年から1966年までアニメ放映されました。

私は“鉄腕アトム”の連載開始の年に生まれ、“鉄腕アトム”とともに成長した世代です。
科学は万能であると信じて疑わず、科学的に考えることが唯一絶対の知であると考えていた正真正銘の“科学の子”でした。

医療に関しても、同じ手塚治虫の“ブラックジャック”に描かれているように、近代医学は絶対で、いずれ病を絶滅させ、人類は痛みや苦しみから解放されるに違いないと信じて疑っていませんでした。

近代科学のもたらしたもの

しかし、現代の医療は手塚治虫の思い描いた未来の医学とは程遠いところに来てしまったようです。

病気を克服して健康長寿を享受できるはずだった21世紀ですが、現実は長生きだけはするようになったものの、ただただ特養ホーム入所を待ち望んでいるだけの長生きになってしまいました。

科学の発展により遺伝子レベルで疾患をつきとめ、それを治せるはずだった高度先端医療が、新たな苦しみをもたらしています。

出生前診断でダウン症と診断された母親や家族は、出産するかしないのかの判断を迫られれています。

その決断は個々の上に重くのしかかり、決定にいたるまでに受けるであろう苦悩は察するに余りあります.

近代科学の限界

近代医学は病気には原因がありそれを除去することで病気を支配できると考えてきました。

しかしそのような近代医学の基礎となる『科学の知』は、結核やコレラという個々の疾患に対するアプローチは可能でも、老いをそしてその人の肉体的にも精神的にも社会的にも健康な状態をつくりだすことはできません。

遺伝子の違いがダウン症と関連すると分かっても、遺伝子関連疾患へのアプローチはかないません。

そして、老いの悩みや出生前診断のもたらす苦しみに対して、”科学の知”は何の解決策も与えてくれないのです。

臨床の知

このような困難な時代に必要なのは、痛みや病、受苦などの人間の弱さの上に立つ『臨床の知』であるとその提唱者、中村雄二郎先生は言います。

『臨床の知』は人間が受動的、受苦的存在であることを自覚することによって、他者や自然といきいきとした交流ができることを教えてくれることを教えてくれます。

そして、環境や世界ががわれわれに示すものを読み取り意味づける方向に導いてくれるのです。

老いや障碍を自分から切り離して、コントロールあるいは制圧する対象として扱うのではなく、自分の一部として受け入れ、その上で人間らしく生きるにはどうすればよいかという立場に立ちます。

アレキシス・カレルが『人間この未知なるもの』で、近代医学の不十分さを補うものとして模索していたのは実はこの『臨床の知』だったのではないかと思います。

アトムの悩みの中に現代の困難をみる

アトムは正義感が強く優しい心を持つ人間に近い感情を持つロボットです。

しかし、芸術に感動し、怪談を怖がるような心がないために、人間と深く交わることができないという悩みをもっていました。

そこで、お茶の水博士に頼んで、人間と同じような感情を持てる人工造機を作ってもらいました。

しかしその結果恐怖心が芽生え、両親をさらった敵と戦うことができなくなってしまい、その機械を取り外してしまったという話があります。

アトムが人間といきいきした交流関係を結ぶには痛みや病苦、嫉妬や憎悪などの『科学の知』からみれば、負の要素をも受け入れなければなりません。

しかし、正義の味方鉄腕アトムに病気や恐怖心は似つかわしくありません。

そのような負の要素を持ったアトムは科学の粋を集めた“鉄腕アトム”ではなく、単なるガラクタロボットになってしまうからです。

鉄腕アトムらしさを失わずに新たな時代の”人間アトム”になることが、このコロナの時代に求められていると思います。

科学の威力を尊重しながら『臨床の知』を自分のなかに構築していくことがこれからの歯科医療の課題になるのではないかと考えています。


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